2011年07月29日

マッチポイントを見ました




ウッディアレンの作品が好きでよく見るのですが
これは、何故今まで見なかったのか
これを見ずしてよくも「ウッディアレンが好きだ」なんて言えたもんだと
自分で悔やまれるほどの作品でございました。

ネタバレを含みますので未見の方はチラ見程度にしてみてください。
もしくは片眼で読むとか。


全編を通じて感じられるシリアスな空気は
他のウッディアレン作品とはちょっと違う雰囲気を感じました。
変に茶化すところはそれほどなくて
コメディというよりはラブストーリーといっても差し支えないのではないかと
そんな印象を持ちました。

ただ、展開としてはアレン節とでも申しましょうか
移ろう男心の細かいヒダヒダを指ですくい取るような内容で
これまでの作品と大きく違う!という感じではないように思いました。

ははあん、普段やってるアレン的展開からコメディ要素を取り除いたらこうなるんだ
というのがこの作品から得た最初の印象でありまして
それはつまり、痛々しくて見てられない!というようなものでありました。

見てられねえよ、マジで、そっち行っちゃダメ!っていうのがはっきりしながらも
そっちへ行っちゃう感覚がまた理解できちゃうもんだから
「ああ、ダメよ、ダメ、それ以上は……」と押し切られて乗っかられてしまった女子の感覚
(なんじゃそりゃ)
そりゃあもうね、痛々しいったらないの。

主人公の身には
偶然だけど、ありえないとは言い切れないくらいの
微妙な「幸運」がつながって起こります。
その度ごとに、主人公はその「幸運」に流されていきます。
違和感がないくらいの幸運。
気付いたら主人公の世界が大きく変わってしまっている。

細かく細かく状況を積み重ねて
観客にいくつかの選択肢を与えながら
そこに劇的な展開を作り出してハッとさせる
ウッディアレンの手腕は見事で
思わず唸ってしまいました。

ぼくには
1つの「これだ!」というアイデアでは名作になり得ない
「これだ!」が3つか4つ、
それも必然性を持ちながら有機的に組み合わさった作品こそが
名作となり得るのだ、という持論があるのですが
このマッチポイントを見て、その考えがまた強まりました。
これには複数の見事なアイデアが仕組まれています。
マッチポイントという言葉の持つ意味
そしてドストエフスキー(これがまた巧妙なんだ!)
金と愛欲の問題も
そして作品全体から感じられるウッディアレンのシニカルな視点
どれもがこの作品に必要なもので
また絶妙なバランスでかみ合っている。
実際、マッチポイントのアイデアだけでもすばらしい作品になり得たと思います。
そもそもが愛欲の物語なんだから、それだけでも……
いや、それだけじゃちょっと弱いか。
でもね、やっぱりね、愛欲と金を両天秤にかけるというテーマだけでも
そこそこ骨太な物語になり得ると思うんです。
この作品はそこに「マッチポイント」というエッセンスをつけた。
それで十分、映画として成立するだけのおもしろさがありますよ。
そしてこの作品がすごいのは、そこにドストエフスキーが絡んでくるってこと。
いやあ、ドストエフスキーの使い方が絶妙なんだ!
罪と罰も必読の作品かも知れません。
まず、罪と罰を読んで、その後にマッチポイント。
これで決まりでしょう。
見事でした。
すばらしい。

でもウッディアレンの作品を見た!という感じではありませんでした。
ぼくの好きなウッディアレン作品というのは
頭でっかちで皮肉屋でとてもシャイな男が恋に落ちて
もう、バカバカしいくらいに不器用で、どうしようもなくなっちゃって
というような作品ですので
ちょっとこの作品の印象とは違いましたね。
この作品と似たような感覚を「人生万歳!」から受けましたので
変わらずアレン的なテーマを取り扱ってはいるのだと思いますが。
ですのでウッディアレンに興味を持たれた方は
まずはアニーホールをご覧になってはいかがかと思います。
ぼくの好きなウッディアレンはこっちの方です。
オススメです。


posted by m.hiro at 16:25| Comment(4) | TrackBack(0) | 映画評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月26日

本公演終わりました。

シアターホリック第15回本公演
「空席が目立っております」
無事に幕をおろすことができました。
たくさんのご来場ありがとうございました。

今回は深夜公演という普段出来ないことに挑戦してみました。
深夜なんて誰も来ないだろなんて声もちらほら聞いていましたが
ふたを開けてみたら深夜公演のみが満席となる
大番狂わせな結果となったのでありました。

中でもこの公演には愛媛県は松山市からのお客様が
たくさんいらしていただけて
なんといいますか、感謝感激のあめあられでございまして
こちらからも松山へお芝居を見に行ければと
というか、どんどん演劇的交流を盛んにしていきたいと思った次第です。

そしてそして。
なんとシアターホリック、秋の松山公演が決定しました!
今度はこちらから行ってやるぜ松山に!

ぼくらは高知を本拠地にお芝居やってるわけですが
出来ればその活動の場を広げていきたい
もっとたくさんの人たちに見て貰いたい
どんどん他の街へ攻め込んでいきたいと考えているわけで
そうして武者修行の出稽古を重ねたぼくらのお芝居を
また高知の皆さんに楽しんでいただけたらと願っているわけです。

修行を重ねて、もっと面白い芝居を作りたい。

ぼくが「もう、何もうかばない」で
「ぼくの芝居が見たかったらこの街まで来るしかない」というような状況を描きました。
地方で物作りをするというのは、本来そこまでのハンディはないはずだと
ぼくは思っています。
いつかは地方発信が他の都市から注目を集めたりできるような
そのぐらいの作品を高知で作っていきたいのです。
高知の公演がメインで、地方公演として東京に行く、みたいなね。

高知の演劇シーンを盛り上げるためには
他の街からの侵略がとても重要だと思います。
松山だけじゃなくて他の街からもどんどん高知へ来て欲しい。
そして、ぼくも他の街へと攻め込んでいきます。
どうぞこれからもシアホリともども、高知の演劇をよろしくお願いします。

なんか書いてる内に話が大きくなりましたが
言いたい事は公演が終わったよ、ということと
松山に行くよ、ということです。
本公演おつかれさまでした。
本当にありがとうございました。
posted by m.hiro at 17:53| Comment(4) | TrackBack(0) | 座長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月05日

黒沢清「回路」見ました。

昨日の稽古は脚本の読み合わせの後に
時間を作って映画「回路」を見ました。



ぼくは観終わって、なんだかなーって気分になったのだけど
というのも、前半と後半で全然おもむきが違っちゃってて
結局なんの映画なのかぼくにわからなかったからそういう感想になったのでした。

わけのわからない展開が、なんだか明らかに意味深で
「すごい映画を撮ってるんだぞ
わかんないだろ、だって難しいんだからな」というような
作り手による上から目線の傲慢な感じを受け取ってしまって
(いや、ぼくの勝手な解釈ですけどね)
ぼくはちょっと素直に受け取ることができませんでした。

もしかしたら半分は
ぼく自身、今は作る時で受け取る時じゃなかった
だから素直に受け取れなかったという理由もあるかもしれない。
めっちゃ個人的な話ですけれども。
でも今のぼくが、自分の作品で精一杯で見る環境にないのは明らかですからね。

でもねでもね。
前半と後半で全然おもむきが違っちゃう映画でも
とても好きな作品だってあるんだよね。
キューブリックさんとかさ。
そして難解でわからない映画も好きなんだよね。
デヴィッドリンチさんとかさ。
そういう作品には一生懸命さがある。
「回路」からは一生懸命さが感じられなかった。
一生懸命ってかなり大事な要素で
あるのとないのとでは大きく、決定的に、致命的に違う印象を抱いてしまいます。

最近、難解さについて考えるのですが
難解さというのは狙ってやるものではないような気がしています。
一生懸命、わかりやすく作ろうと努力したけど、
やろうとしてることが複雑なだけに、結果難解になってしまった
というのが、作り手の姿勢として正しいような気がしている。
キューブリックさんやリンチさんの作品は正にそうで
その展開でしかありえない、という、作り手の苦悩が感じられるのです。
フルメタル・ジャケットなんて、とてもわかりやすい映画だと思うのですが
だったら、前半のあれ、なんだったんだ
あれが後半のあれにどうつながるんだ
考え出したらわからないことがどんどん出てきて
見る度に感想が違ってきてしまう。
それはつまり多角的に作品を見ることが出来るということ。
すなわちこれが「深い」作品ということなのでしょう。

苦悩というか、計算というか、追究というか、そういうもの。
それがない作品はつまらない。少なくともぼくには。
作品の前では作り手は自由ですから
つまり、何をやっても許されるので
あれやこれやいろんなことを試しつつ
自由に伸び伸びと作品へ取り組まなければならない。
そこに答えはありません。
だから不安を抱えながら不安定なものを生み出すことになる。
どうしていいかわからなくて、悩みつつ作っていて
本番まであと1時間あったら、また違う作品になってたかもしれない
そんな危うさを含んだ作品こそ、多面性を持ち得るのではないだろうか。

そして、またこういうことも言えると思います。
その作品には、そうとしかありえないポイントがある。
作者は作品を生み出すにあたって自由だというけれども
そりゃ、何をやってもいいんだろうけど
でも、一瞬見えた「正解」を探りつつ作品に取り組んでいるわけで
結局、自由ではないのです。
その「正解」に縛られている。
作ってる側は「そうとしかありえないポイント」を探している。
それが作るということかもしれないなーって思うわけです。

作者は作品の前では自由である。
そして作者は作品に縛られている。
一生懸命でなければ、その二つを内包できません。
作品と真っ正面から向き合わないと、底の浅いものになってしまうっていうのは
そういうことなのではないでしょうか。
掘ってもすぐに底が見えてしまうような浅い作品には
難しさを演出するような、おこがましさを感じる時があります。


「回路」の後半の展開はぼくには必然性がわかりませんでしたが
とあるサイトでその解釈をみつけて、
あの作品をその人がどう読み解いたのかを拝読することができました。
もし、あれがネット社会に対する批判で撮られた作品なら
ぼくは「なんて陳腐なメッセージ!」と思ってしまう。

難解さを売りにした作品で
それを読み解いたことに優越感を抱かせる作りになっているものは
陳腐な答えのものが多いように感じる。

というか、観客が簡単に「読み解いたぞ!」と言える程度の浅い内容ということかもしれない。

そして作品の弁護をするなら「回路」の真意はそこにないのかもしれない。

しかし読み手は難解であるほど陳腐な答えを欲しがるとぼくには思える。

難解な作品は、(当然っちゃ当然ですが)作り手の実力が試されるかもしれませんね。
観客が易々と「読み解いた!」などと言えないような
わかった!と思った次の瞬間にスルリスルリと観客の手から逃げてしまうような
そんな作品を作らないといけません。


自戒をこめて書きました。
いろんな意味で。

ぼくは自分のやろうとしていることが
自分自身も混乱するくらいに複雑で
というか、整理されていないので
できるだけわかりやすくするようにつとめること
ぼくがどれだけ観客に近づいていっても
それでぼくの作品がわかりやすくなることはないという気がするし
観客もそれほど簡単に近づいてきてくれるとも思えない。
とにかく、一生懸命、泥臭くも
おもしろいものを作ろうという努力を捨ててはいけないわけですね。
決して評論家や同業者のために作ってはならない。

もしも回路がネット批判の映画なら
もっともっとわかりやすくなっただろうに。
その方がイメージを伝えることができただろうに。
わかりやすいことは徹底的にわかりやすくしたらいいのに。
わかりやすいことをわざわざ複雑にして喋ってどうするんだ。


先日、ぼくの作品をご覧になった方からいただいた感想を伺っているうちに
ぼくがおそろしく陳腐なメッセージを込めていると思われているのに気付いて
全くそんなつもりがなかっただけに、観客の目はおそろしいと
そして現段階では圧倒的に作り込みが足りないということだなと
しみじみ考えていた所でした。
その方にはぼくの作品がとても浅いもののように映っていたようでした。
感想を伺って、それが誤解だと気付いてしまっただけに
とても悲しい気持ちになりました。

次回作はホラーです。
ぼくが勉強した所では、ホラーは説明をしてはいけないというのが鉄則のようなので
説明をせずにどこまでわかりやすくできるのか
それはしょっぱくて甘いものを作るような、一件矛盾したような感じもありますが
実際、ホラーの良作はたくさんあるので
ぼくたちもそっちを目指して頑張ってみようと思います。
次回作、お誘いあわせて是非ご来場下さい。


あ。
黒沢清作品では「降霊」が面白かったです。
というか、その2本しか見てませんが。
近いうちに「CURE」を見てみるつもりです。
「降霊」はジャパニーズホラーではかなり怖い部類だと思います。
こちらはマジでオススメです。


posted by m.hiro at 16:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 座長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月26日

いろんなことがありました。

演劇大学が終わりまして、松山のCTTも終わりました。
ホント、シアホリにもいろいろありまして
作品性というか、やろうとしているスピリットは変わりませんが
その手法というか意気込みというか
そういうものには大きな変化が起きそうな予感です。

演劇大学も楽しかったし、CTTも楽しかった。
出稽古、楽しい。
そしてぼくのやろうとしていることがなんなのか
どういう風に客席から見えているのか
わかったような気がする。
だからこそもっと伝わるやり方が見えてきた気がしているのです。

昨日は映画を2本見ました。
まだまだホラーのお勉強を続けています。
というか、実作に際して確認したいことがたくさんあって
先人たちの智恵に頼ろうとしているのであります。

いろんなことがありますが
結局やることは変わらないのだな。
できることをやるしかないのだな。

シアホリ頑張ります。
これからもよろしくお願いします。
posted by m.hiro at 22:51| Comment(1) | TrackBack(0) | 座長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月01日

この春でタニコちゃんがいなくなります。

ようやくシアホリに慣れてきたと思ったら。
彼女はシアホリからいなくなってしまいます。

シアホリからというより、高知から。
彼女は学校をやめて、新たな道へと進むべく大阪へと旅立つのでした。
門出ですよ。
めでてえ。
祝ってやらなきゃなぁ。

彼女としゃべっていると
彼女はもうまるで世間知らずで
今までご家族から手塩にかけて育てられたのだなあと
感じずにはいられず
シアホリでこき使われてきたこの一年
いやはや彼女にとってはしんどかったろうなぁと
それがわかってたとしても手加減はしないけどね
きっとあらゆるカルチャーショックを受けたのではなかろうかと推察いたします。
今日はタニコちゃんと久しぶりにゆっくり話した
というか、ぼくが一方的に喋ったのだけども
彼女もシアホリでの経験をいい風に受け取ってくれているようで
まずは胸をなで下ろした次第なのですけれども。

数年間劇団をやっておりますと
いろんな理由でいろんな人が訪れて、また去っていくわけで
その一つ一つにぼくらは右往左往いたします。
タニコちゃんのように
「やりたいことがあるんだ!」という場合
彼女がいなくなるのは劇団にとっては大きな痛手で
引き留めたいのは山々だったとしても
「行ってこい!」と背中を押すのがまあ、お父さんの役目であろうと
急に使命感で劇団のお父さん振りを鼓舞する羽目になるのでありました。

急にぼくの話になりますが。
ぼくの両親はぼくに故郷の熊本にいて欲しかったんだと思う。
でもぼくは両親の側にはいたくなかった。
親元を離れ、自分を試してみたかったのです。
そしてその感覚は、とてもまともなものではないかと今でも思っています。

ぼくの父はささやかな人で
きっと、自分の息子とキャッチボールをするのが夢で
その延長線上として、仕事帰りに息子と一杯やるのが夢で
ぼくはキャッチボールはなんとかかなえてあげることができましたが
そのほかでは全く息子として夢に応えてあげることができませんでした。
父の夢を叶えるどころか、
鉄パイプなど鈍器を使って跡形もなくたたき壊してしまったようなもんで
ホント、父には詫びのしようもなく
しかしそうして生きてきたぼくは今、とても幸せで
申しますのも、書くことができるし、上演する環境もあるし
それを見に来てくれるお客様もいるし、
少しずつでも自分の芝居が良くなっていってるのを感じるし
仲間がいるし、作品を見る心の余裕もあるし
ホント、大きな不満もなく過ごせてしまっているのです。

父を悲しませてしまっている以上、ぼくは楽しく自由に生きていかなければならないなあと
緩くではありますが、堅く心に誓っているのであります。
つまらないことをつまらなそうにやる、ということだけは絶対に避けたいと
心に誓っているのであります。

彼女が学校をやめて新たな道を選択したということは
大きな決断が必要だったと思いますが、でもまだそれはスタートラインで
そこから何をやるのか、ということがとっても大事だなんて
説教臭いことを考えてしまうのでありました。
なんにせよ彼女の大事なターニングポイントに
タニコちゃん自身の変革の時代に
うまい具合にシアホリが関わることができて、嬉しく思います。
彼女とこれからもお互いに影響を与えあっていければね。
本当にいい関係になれると思うのです。

昔、忌野清志郎がテレビで言ってた。
「皆さん、早く大人になりましょう
大人になると好きなことができるようになる
楽しいことがたくさん待ってる
大人はつまんないんじゃなくて楽しいんだ
だから皆さん、早く大人になりましょう」
たしかこんな内容のこと。
全く異論を差し挟む余地のない正論。
そうだ、大人は楽しいんだ。
大人は楽しくやらなきゃダメだぞ。

やりたいことを見つけ、
「こっちじゃないぞ!」ってんでレールから外れて
道なき道を切り開き、前へ前へと進んでいくタニコに
ぼくはエールを送りたい。
学校やめただけだと、ただ学校をやめたやつだぞ。
これから何をやるかだぞ。
とにかく俺は応援してるからな。
というような話を、今日はスタバで喋ったのでした。
有意義な時間でした。

3月中、タニコさんと何ができるかなあ。
そしてこれからどうなってくんだろうなあ。
タニコも心配ですがシアホリも心配です。
シアホリはあなたの力を必要としてます。
制作、助演出、とにかくスタッフ急募。
完全プロ志向(バンドやろうぜ!かよ)で稽古に参加できる方。
すぐにシアホリ宛にメールください。
劇団サイトにアドレスあります。
よろしくお願いします。
posted by m.hiro at 02:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 座長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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