2009年10月21日

日本語は難しい

twitterで
「吉野家なう。高知で吉野家なうって場所が限定されちゃうね」とpostしました。
そうだねそうだねって高知の方が反応してくれたんだけど。

その反応された方が今日、
「ぼくも居場所を限定されちゃうな」なんて似たようなpostをされてまして
そのあと「うん?」って疑問を持たれたんでしょう。
「限定 → 特定」と言葉を修正する追加postをなさいました。

書き直されてしまいました。
「場所が限定される」という言い回しは日本語としておかしかったのかと思って
ぼくはとても恥ずかしくなったよ。

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それで調べてみました。

「げんてい」 【限定】(名)スル
(1)物事の量・範囲などを定めて、それを超えるものを認めないこと。
「応募資格を二〇歳以下に―する」
(2)〔論〕 概念の内包を増加して外延を縮小し、曖昧(あいまい)さを除くこと。規定。制限。
(大辞林 第二版より)

なるほど。
(2)についてはようわからんけど。
ある考えの中身をしっかり煮詰めて、意味をハッキリさせること
というような意味でしょうかね。間違ってるかな? まあええわ。
それでは続いてこちらも調べてみよう。

「とくてい」 【特定】(名)スル
(1)特に決まっていること。⇔不特定
「―の個人」
「―の日」
(2)特に、それと断定すること。
「犯人を―する」

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普通一般に使うとしたら、【特定】(2)の用法が正しいのでしょう。
場所を「特定する」という言い回しが適当かも知れません。
あー。ぼく、感覚で言葉を使うからこういう間違いをよくやるんです。
小学校の頃から変わらないんです。
こういうの、すっごい恥ずかしいね。


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では、なぜぼくは場所を「限定する」という言い回しを使ったんだろう
と、自分で不思議に思ったわけ。

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用例にあるように、
犯人を「特定する」という言い回しは使うけど
犯人を「限定する」とは言いません。
犯人を「特定する」時には、何やら頭をひねって考えて
ようやく出した結論というニュアンスがありますが
「限定する」と言っちゃったら、誰かの都合で条件を狭めて決めつけられたような
そんな気がする。

また、プレゼントする相手を「限定する」とは言いますが
プレゼントする相手を「特定する」とは言いませんねえ。
この場合「特定」しちゃうとすごくえこひいきしてるような気がするからなあ。
「限定」の場合だと、「条件で決まったことなので文句言わないでね」と暗に言われてるような感じ。

ははあ、なるほど。
「特定」の場合には人が選択してるんだ。
「限定」の場合は条件が選択してるのですね。
主格になるものがかわってくるんだな。

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つまり、ぼくが言いたかったニュアンスというのは
「高知で『吉野家にいるよ!』って言った場合は
東京と違って場所が限られてしまう」ってことだった。

そしてその方がどうして「限定」を「特定」と言い換えられたかというのは
「高知で『吉野家にいるよ!』って言った場合は
それを聞いた側が場所を推測するのが簡単だ」というニュアンスを伝えたかったからだ。


条件について言いたかったか、想像しやすいということについて言いたかったか
それによって選ぶ言葉が違っていた、という結論にいたりましたが
そういうことでぼくが「限定」を使ってしまった言い訳になりますでしょうか?
いやあ、日本語って難しいなあ。

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【追記】
南田洋子さんがお亡くなりになりました。
秀逸な文章で知られるoricon styleが写真のキャプションに
「涙をこらえながら、死去した妻・南田洋子さんについて語る長門裕之」
と書いておりました。
でも写真では長門さん、涙をこらえているようではなく
泣きながらコメントしていらっしゃるように見えました。
正しい日本語というのは難しいと思いながら
ここまで看病を続けてらした長門さんの健康状態についても、
とても心配になりました。
本当に素敵なご夫婦だったと思います。
ご冥福をお祈りいたします。
posted by m.hiro at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 座長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月20日

ナンセンスというセンスがあるんだぞ。

月9の東京DOGSを見ました。
くだらなくて面白かったですね。
でも、これって受け入れられるだろうかとも思ったのでありました。

実際、このドラマは受け入れられないと思います。
視聴者はこのドラマをどうやって見たらいいのかわからないのではないか
今、お笑いでさえたった1分でやらなければならない時代に
「これはいったいなんだ?」なんて
じっくり考えながら、初体験の感覚に自分を合わせながら
好意的に見てくれる視聴者がどれだけいるでしょうか。
「あー、これ、わかんない」で終わっちゃうんじゃないか
そう思うのであります。

このドラマは基本的にはナンセンスコメディなんだろうけども
もう一方でシリアス、アクション、サスペンスという性質もあります。
ナンセンスで、それでいてサスペンスというのはかなり無茶な状況
つまり、ナンセンスギャグを挟んでいきたいけど
話の展開が論理的に破綻してしまうとサスペンスではなくなってしまう
非常にさじ加減の難しいドラマとなっておるのであります。
このドラマを成立させるのはとても難しい。
脚本家の技術にすべてはかかっているのであります。

結局は登場人物たちの個性で押していくしかないのだけれど。
個性的なキャラと、そのキャラ同士が入り組んで作り上げる人間関係に
うん、とても面白いとぼくは思ったのでありました。
さすがいぬ会社や33分探偵を手がけられた福田雄一さんの脚本だと
うなってしまったのでありました。

しかしですねえ。
ナンセンスコメディファンのわたくしとしては。
「シリアス、必要か?」と。
疑問を投げかけたい。
いや、月9だろ、というツッコミはわかります。
月9ならシリアスとかストーリーが必要だろ、という正論もわかります。
ナンセンスだけのコメディはBSとか深夜枠とかでやってるじゃん、と。
月9でやらなくてもいいじゃないか、と。
重々わかるんです。

でもさ、宮藤官九郎だって、
あのTBS金曜10時枠で木更津キャッツアイやってたじゃんか。
あの枠は金妻とかふぞろいとか冬彦さんとかのヘビーなドラマ枠だろ。
そこで単純にバカなドラマやってたんじゃん。
せめてあんなテイストでできなかっただろうか、と言いたいわけ。

--

そういや、月9で宮藤官九郎脚本の
「ロケットボーイ」という微妙なドラマやってたな
あん時は主演の織田裕二が途中でケガしちゃって
何話か踊る大捜査線の再放送に差し替えになっちゃった
いろんな意味でついてない結果になっちゃった
もし、あの時、ガチでコメディやってたら
それで織田裕二がお笑いに寛容になってくれてたら
もっと山本高広にも寛容でいてくれたかも知れない
そしてこの前の世界陸上もテンション落とさずにやってくれてたかもしれない


--

話がそれました。

つまり、ぼくたちは自然とあらゆるものから
「意味を探ろうとしてるんじゃないか」ってことで
「意味を持たない物は価値がないんじゃないか」と思ってるってことです。
だから、月9のような『ココゾ!』というときには
意味を必要とするってことなんですよ。
脚本家がバカ100%で持って行っても
「ダメだよダメダメ、月9でこれやっちゃうけないよ」とかって
プロデューサーがつっかえしちゃう。
だから隙間に「シリアス」や「アクション」や「サスペンス」が混じって来ちゃった。

なんだよそれ!
このドラマにはシリアスもアクションもサスペンスもいらないよ!
ぼくの個人的感想はこういったところでした。

--

実際は「アクション」というものも意味を持たないかもしれませんね。
「アクション」「エロ」「バカ」この類は意味というより
それ、そのものと言った方がいいでしょう。
「アクション」は「アクション」であって、それ以上の意味を持たない。
だからこそ「アクション」だけ、「エロ」だけ、「バカ」だけじゃ
作り手も観客も不安になってくる。
そこに「意味」を練り込もうとする。

なんだろうな、そんなに意味なんて重要かな
と、バカだけで作られた物に深く感動したりするぼくは
うーん、うーんと考えてしまうのでありました。


--

ぼくは意味のないことを作り上げるセンスを持ち合わせていなくて
自分の作品では何でも理屈が通らなくては気がすまなくて
それがぼくの伸び悩みの原因の一つなのですけれど
福田雄一さんの作品に憧れを抱いてしまう理由はそこにあります。
ぼくにはぜったい作れない物がそこにある。
月9と聞いて「うひゃー」と思って第一話をじっくり見てしまいました。
来週からも見ます。

高校の時、ぼくが落語をやっていた頃にその先輩が
「ナンセンスってのは無意味ってことじゃないぞ。
ナンセンスというセンスがあるんだ」と言ってたのを思い出しました。
うーん、バカにもいろいろあるもんだー、決して楽なもんじゃねえな
と考える秋の夜更けでございました。
posted by m.hiro at 00:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 座長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月13日

若干危ないところへ突っ込んで行くという気分転換。

なんか疲れちゃってて頭が働かねえで
書く文章がごちゃごちゃしておるよ。
さっき掲示板へ書き込みいただいた件に関してレスつけたけど
それも文章おかしかったけどそのままにしておいた。
これが今の精一杯なんだから。

こういうときは事務作業に徹した方がよろしい。

えー、この三連休はお仕事をしておったのですが
ぼくは打ち震えるほどにぐっときてしまったニュースが一つ。


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『広島市と長崎市、夏季五輪招致へ合同委員会設置を表明』

 広島市の秋葉忠利市長と長崎市の田上富久市長は11日、広島市内で記者会見し、広島・長崎を含む複数都市で2020年夏季五輪の開催可能性を検討する合同委員会を設置し、五輪の招致活動に乗り出すことを表明した。秋葉市長は「20年の核廃絶を目指しており、それと並行して五輪招致活動することで相乗効果が見込める」と述べた。

(日経ネットより)

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某都知事によるオリンピックの私物化に比べて
なんとこちらの意義深いことか。
世界で唯一原爆を落とされた街に
世界で唯一原爆を落とした国の選手たちがやってくる。
そんでみんなでかけっこしたりするんだぜ!
これを平和と呼ばずして何を平和と言おう。

世の中の右翼的感覚を持つ人たちが声高らかにいろんなことを言っているけど
(やしきたかじんの番組でいろいろ言ってるけどって意味)
ああいう人たちの意見って、聞けば聞くほどがっかりするんだよなあ
「攻めてくるぞ守らなきゃ!」という発想っておかしいんだもん。
そもそも攻めてくるのは『敵』なんであって
『敵』は自然に出来るものじゃないんだよねえ
『敵』は作るからできるんだよ
つまりね、嫌われてるってことなんだよ、それは。

まあ、この辺の議論はデリケートゾーン。
こんなふわふわした気持ちでこれ以上突っ込むのは危険。

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というより、ぼくはこのニュースを聞いて
少なからず感動している自分を発見して驚いてしまったんだ。
もしかしたら、オリンピックが決まったら
ぼくは声をあげて泣き出してしまうかも知れん。
そしてそう思った瞬間に、ぼくは自分がナショナリストであることに気付いた。

あの都知事の息子さん(彼は面白いから好きなんだけど)
前、ブラックバラエティで近代オリンピックを年代順に全部言えてさマイコン刑事。
だからあの家族はオリンピックが大好きなんだよねぜったい。

「呼びたいから呼ぶんだ」というのもわかるし
物事を決めるのは合理性じゃなくて
意地やプライドや個人的感情だったりするってのもわかるよ

都知事が「呼びたいから呼ぶ」というのを否定するつもりはないけど
けど意義は浅いと思う。
だから別に応援もしなかったし、どっちだってよかった。
つうか、ホントに決まったらやれるの?ってそっちを心配してたよぼくは。

広島市と長崎市は本当に頑張ってください。
心から応援しています。
いくつか勇み足もあったらしく、少し混乱している部分もあるかもしれませんが
時間が解決することもたくさんありますし
この日本の歴史的重要な価値を持つ
日本の誇る二つの都市でオリンピックが行われることは
とても意義のあることだとぼくには思えるのです。
ご静聴ありがとうございました。
posted by m.hiro at 17:59| Comment(1) | TrackBack(0) | 座長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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