2009年11月16日

久しぶりにこむ茶と遊んだ

こむ茶から電話があって
龍馬祭ってのがあるから一緒にどうですかとのこと。
ひょいひょい出かけていきました。

日も暮れた枡形商店街は東南アジアの市場のような賑わい
車道を封鎖して長机とイスが並べられ
みなさま思い思いのものを食してらっしゃった。

久しぶりに会ったこむ茶。
「松島さん、メールどうして返してくれないんすか」
いやいや、メールなんてもらってねえよ
「そんなはず無いですよだってもらった小説の感想だって送ったし」
そんなの届いてねえよ

つまりね、彼からのメールが迷惑メール扱いになってたんだね。

最近はなんでもあははおほほのへらへら作戦で乗り切っている。
この時もぼくはへらへらして「じゃ、解除しよかーうふふー」みたいなノリでしたが
彼はこのブログも読んでくれてるみたいなんでこの場をお借りしてお謝り。
すんませんでした。

----

ブログ読んでくれてるっていえば。
久しぶりにお会いしたOさん。
すんごい久しぶりだったのに会って一言目が
「松島君、ブログ読みゆうで!」
あざっす。
スターリンの話題を振ってくれたところを見ると
本当に読んでくれているのですね。

本当に久しぶりだったのに懐かしむような話題ではなく
つい昨日も一昨日も会いました!というような気さくな付き合いしてもらえて
なんだか嬉しくなっちゃった。

そして道ばたに座って飲んだ。
IMG_0474.JPG

----

そして寒かったよ。
この数日で急激に寒くなってるよね。
どうかみなさま、ご自愛ください。
posted by m.hiro at 10:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 座長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月11日

以前に書いたものを連載風に読んで頂けるblogを始めました。

冷やし中華始めました。

というわけで新しいblogを始めました。
向こうはblogと言ってもblog小説であります。

と申しますのも、ぼくは以前より懸賞小説にいくつか応募したりしてまして
その全てでものの見事にすっころんで参りまして
未だもってぼくの書いた作品が活字化され皆様のお目通しをいただく
なんてことができませなんだ。

すっころんだ、ということはつまんないってことか?
どうなんだそこは? と思うのであります。
つうか、その辺にはぼくなりに考えがあるにはあるんですが
くどくなるし、どうでもいい話でもありますんで端折らせていただいて
すっころんだ作品をお読み頂ける場を作ろう
というのが新しいサイトの趣旨なのでありました。

その名も「松島寛和の書いた小説を読んでください。」
いやあ、なんとわかりやすい。
そのままズバリのタイトルであります。

----

実は一昨年にぼくのMacが変な音を奏で始め
断末魔と共にすべての記録が消去されてしまうという事件が起きました。
おかげで手元にある作品が一つしかない。
まずは手元に残った唯一の作品
「俺の絵の女」を連載の形で読んで頂こうと思ってます。
身近な人には手渡したりしているもので
「あー、またこれかよ」とお思いの方もいらっしゃるでしょうが
仕方ない。コレしかないんだから。

これが終わったら新作をこの場で発表したいと
そんでちょいちょい手直しをしていきたいと
手直したものを懸賞小説に出したいと
ぼくにはそんな魂胆があるのでした。
「一度発表したものはダメです!」という懸賞小説がほとんどですが
最終稿はこのblogでは伏せさせて頂いて
そして応募作品がすっころんだ後にオンラインで読んで頂く、と
つまり、応募作品の最終稿に関しては、
申し訳ないがこのblogでの発表は差し控えさせて頂く
その一歩手前のできあがりちょい前段階をお読み頂ければと
考える次第なんですね。

でも、きっと、ぼくが書いたものは
このblogで無料で読めると思いますよ。
今後かなりの期間で。
なんともまあ、落ちる前提の企画という本末転倒な内容なんですが
是非そちらの方もチェックして頂きたいと思う次第でありんす。

ありんすっつったら日曜劇場 JIN おもしろいね。
綾瀬はるかかわいいね。
ちょいとあちらも読みなんし。

どうもえるビルを始められずにいるので
こうして部分部分からぼちぼちと始めていきたい。
そのうちいろいろできたらいいな。

みなさまの応援あってのことであります。
感想コメントなど、是非ともよろしくお願いします。
posted by m.hiro at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月07日

そうか。なるほど。

どうもこのところ、何故にこんなにパンクを求めていたか
それはパンクの中に日本語の美しい姿を見つけたからではなかっただろうか。

パンクなんてただ単語を羅列して叫ぶだけのように聞こえるけども
そこに「美しい日本語の姿」って矛盾しているようで変な感じもする。

けど、先日ここに引っ張ってきた
「おかあさん、いい加減あなたの顔は忘れてしまいました」という言葉は
ぼくにはとても魅力的に映るのだった。
stop girlという曲では「嫌だと言っても 愛してやるさ」という歌詞が出てくる。
嫌だと言っても愛してやるさ
すごく鋭い言葉。

戸川純の歌詞にも鋭さがある。
「愛してるって言わなきゃ殺す」
これ以上とがってる言葉は、ぼくにはなかなか思いつかない。

日本語に飢えているのだ。
そうか。なるほど。


------

話は大きく変わってtwitterでのことだけど
follow祭りみたいなのがよく行われてて
つまり、フォローしてくれって宣言してフォローをどんどん増やそうぜという
いわばついったねるとんのような
どんどん出会ってお友達を増やそうのような
前向き健全ごくごく正しいtwitterの使い方、のようなお祭りなのだけども
ぼくはどうも、その流れには乗りきれない。
というか、その流れに違和感があるんだ。

twitterの中ではそのお祭りに肯定的な方もいらっしゃるし
あれが小さな社会だとしたらいろんな人がいていい訳で
参加した人たちをどうこう思うわけではないけれども
さわやかに「お友達を増やそうよ!」と言われて、
元気よく「ハーイ!」と手を挙げる気持ちには、ぼくはなれないんだね。

何度も繰り返しくどいほど書くけど
ついったをやってる以上、仲間を増やしたいのは当然の流れで
こんな祭りが起きたら乗るというのが普通なのかも知れません。
反対にぼくみたいに異論を唱える方が野暮なのかもしれん。
文化祭や体育祭でみんな一つになろうとしてる時に
水を差すようなことを言ってるみたいなもんだ、ぼくが今してることは。

でもね、そうかもしれんけどね。

このお祭りがオフィシャルなものじゃなくて
どっかの誰かが思いつきで始めて
それが連鎖してつながっていって大きな祭りになってるってところが
ぼくが乗り切れない一つの理由でもある。
誰でも何か効果的なことを言ったら、がーっとそっちへ流れてしまう。
ちょっと変だと思う。
ぼくがどうしてそういうこと考えるか、全く意味がわかんない人もいるでしょう。

ここでぼくはふと『異化効果』という言葉を思い出したのです。
ブレヒトって人が始めた演劇的効果のことです。
これは、常識的に正しい、もしくは常識的に悪い、と考えられていることに
違う見方を与えることによって従来とは異なるものに変えてしまおうという
よかったはずのものが悪いものに見え始めたり、またその反対があったりと
観客の価値観を変えてしまおうという、そういう手法のことです。
ブレヒトは、ナチスドイツの支配下に置かれたドイツ国民を見て
一つの価値観にがーっと動いていく民衆の感情を見て
気持ち悪い!
と思ったんだって(どっかで昔読んだ知識で確かではないが)。
お芝居を観ている観客が、みんな同じシーンで泣いたり笑ったり
それも気持ち悪く感じたんだって(この辺、厳密には間違ってるかも知れぬ)。
それで『異化効果』を思いついたんだって話をどっかで読んだ。

はー。
なるほど。
ぼくは思わぬ所で異化効果を理解することができたよ。

つまりね、ブームを気持ち悪く感じるのは
なにもぼくだけの特別な感情じゃなくてごくごくありふれた感覚だってことだね。
あと、正しすぎることに疑問を感じているのも。
そしてそういう人は大体口をつぐんでいる。

横やりを入れることでブームに流されない本質が見えてくるってことだな。
そうか、なるほど。

あちらでは横やりをいれたりはしません。
そこまで否定はしていないから。
そしてこのブログが十分横やりになってるですよ。
ぼくの自己満足に過ぎませんが。

-----

どうやら少しずつ頭が回り始めてるみたいだ。
頭が働かないのはとても不安で精神的によくありません。
posted by m.hiro at 01:32| Comment(2) | TrackBack(0) | 座長日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。