2010年12月09日

映画「フルメタル・ジャケット」を見ました

映画、フルメタル・ジャケットを見ました。

フルメタル・ジャケット。
 ↓


ベトナム戦争を描いた映画というと地獄の黙示録なんかが有名ですが
この作品も負けず劣らず名作として名高い作品です。
そして実際におもしろく拝見しました。

キューブリックさんの作品は、物語の展開より大事だと判断された事柄があれば
ポーンと物語を突き放してしまうところがあるように見受けますが
そういうキューブリックさんにしてみれば
この作品は物語を比較的重要視していたように思います。

そしてラストの展開では、ぼくは結構な衝撃を受けました。
しかしこの展開に、「ははあ、なるほど」程度の印象しか感じられない方も
結構いるのではないかとも思いました。

この映画は観客のモラルを試してくる
いわば、見る側をふるいにかけるような作品だったようです。
たくさんの人が死ぬ中で、観客がその死に慣れてしまったら
このラストシーンなんて単調なものにしか感じられないでしょう。
「戦争なんてそんなもんだろ?」と思った瞬間に
この映画は単調きわまりないものに姿を変えてしまう。
映画というウソの世界の中で、どれだけ死をリアルに感じられるか
そこで感想が真っ二つに分かれるのではないかと思いました。

戦争映画であっても、人が死ぬというのはぼくはイヤでして
逃げ惑う民間人を射撃したり、
犬死にが相次いだりと、そういうシーンを見ていると
戦争には絶対に関わりたくないという考えが強くなってしまいます。
幼稚なことを言っているようですが、
その幼稚なことの中にこそ真実があるように思います。

どんな高邁な思想があったとしても
そんなもの戦場では関係ない。
そして戦場では犬死に以外はありえない。
その犬死にに人はいろんな解釈を与えて納得しようとしますが
戦争や暴力の前ではそんな解釈は吹っ飛んでしまう。
「偉大な死だ」と言った所で、死んだものは仕方がありません。

この作品で描かれている戦争はかなり生々しく、リアルでした。
そりゃ劇映画ですから、ドキュメンタリーのようなリアルさではありませんが
フィクションとしてのリアルさは十分に感じた。
地獄の黙示録におけるワーグナーのシーンの方が過剰な演出のようにぼくには思えます。
いい悪いではなく、演出法としての話。

これは反戦のメッセージを押しつけるわけでもなく、ただしっかりと戦争を描いた
そういう作品だと、ぼくは受け取りました。

ぼくはキューブリック的な美術やカット割りが好きなのですが
この作品ではあまりそういうものがなかったように思います。
それに関してはファンとしては少々残念な気持ちになりました。
ただ、選曲は抜群にすばらしかったと思います。


ぽこぽこと人が死ぬ。
殺すか殺されるかの二者択一を常に迫られている。
そして戦争は人を狂わせる。
水木さんのマンガを読んでも
奥崎謙三先生の生き様を見ても
地獄の黙示録でも、この映画でも
戦争を描いた作品では同じような状況が描かれているので
戦争とは多かれ少なかれ似たようなものなのでしょう。
たとえば国によって、国民性で軍隊の性質が違ったとしても、
その本質はきっと変わらない。
だからこそ、そんなものには関わりたくないと強く思うのでありました。
posted by m.hiro at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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